2007年度前期 Murakami-Sano asia visiting Fellowship ベトナム訪問記

佐賀整肢学園こども発達医療センター
劉 斯允

日本小児整形外科学会の第5回Muragami-Sano Asia Visiting Fellowship(図1.)に応募し、2009年2月のベトナムの病院訪問の許可をいただきました。例年では訪問先を一箇所にしての10日間滞在となっていますが、ホーチミン市のHospital for Traumatology and Orthopaedics以外に、ハノイ市の国立小児病院への訪問許可もいただきましたので、2つの病院訪問を報告します。

最初に訪問したにはホーチミン市にあるHospital for Traumatology and Orthopaedics(図2.)は1940年代に中国系華僑によって建てられた外傷及び整形外科専門の施設で、のちに国立病院になって、脊椎グループ、マイクロ・再生グループ、外傷グループ、小児グループを合わせて65名の整形外科医の規模であります。うちに小児整形外科医は11名、小児ベッド56床、毎日の小児整形外来患者は平均100名。朝7時から外来開始となっていますが、6時ころにはすでに待合室が満員状態(図3.)。外来診察は10畳広さの部屋に3人の先生が共用し(図4.)、診察室の中は診察中の患者以外に、診察待ちの患者や家族が10人程詰めている。勤務環境が悪く、休憩時間もなし、それでも外来担当の先生は嫌な顔もせず、熱心に診察する姿はとっても印象的であった。築60年の病院ですが、大規模のリフォームがなく、必要なときに増築で対応してきたため、古い印象はもちろん、所々に危険な階段や舗装も散在している。

なかには外来見学中に一番印象に残ったのはキャストルームという治療室があり(図5.)、転位の軽い骨折から手術待ちの重症例は全てこちらの15人のキャストマンによってプライマリの石膏ギプス巻き込みを施行された。24時間体制の救急病院ですから、キャストマンも同様な体制で対応している。ベトナム国内の病院からキャスチングの勉強に来ている若手マンを常時に5-6人いるくらいの有名な施設でもある。

さらに自家製の装具も多数開発して、アングルキャストやknee brace、松葉杖、頚椎カラーを10米ドル以下の価格で販売している。中ではストーロにて装具適合性を調整するair castが最近の力作と紹介された。手術室は13個あり、現在新たに10個を増築中である。手術件数の詳細な数字が把握されていないが、年中無休で毎日15件以上は普通であった。手術の手技は熟練であり、大腿骨横骨折のrush pinの骨接合は30分で、特発性胸腰椎側弯の矯正術は3時間で終了するほどの速さ、搬入搬出時もナースの動きは素早く、麻酔科の協力もすばらしく、手術終了と同時にストレッチャーに患者を移す、麻酔覚醒を待っている間に次の手術のため、地面の掃除、手術台整理、機械の搬入が黙々と進んで、手術終了から次の手術搬入までに10分足らずに用意完了。このように外来、手術で多忙かつ激務の中、医者の給料は決してよいではない。卒15年目の先生は朝7時から16時までの勤務にもかかわらず、毎月の手取りが200ドルしかない。もちろん時間外にバイトをしているが、バイト形態はまた興味深いものである。16時以降に自分の病院に居残り、受け持ち外来患者を診察するのはもちろん時間外と計上される。16時までに来られない患者では、over time pay 20ドルを病院に払って、 診察医の取り分は2ドル、ナースにも取り分がある。私立病院にバイト行くでも同様に一人の患者を診察すれば2-5ドルの医者取り分がある。卒後15年の医師の平均月収はバイト代込みで400米ドルであるが、90ccのバイク一台は1400米ドルである物価の中、医師達は決して富裕層ではないことを知らされた。国管理の保険制度がないため、個人加入の保険に入っていない患者は医療費の全額負担になる。個人保険であれば、基本的に2割個人負担である。個人保険普及率は人口の2割未満の現在、先天性内反足、先天性股関節脱臼、結核性骨髄炎を含め、骨折した症例も治療タイミングが遅れた悲しい現状である。私立、公立病院にかかわらず、材料費の実費負担制度とco-buy制度を採用している。ソフラチュールやDuo-active、ハイドロサイトのような被覆材は材料として考えられ、病棟回診の際に家族が買ってこないといけない材料費実費負担制度がある。また、病院は銀行から借金して手術器具や検査機械を買った場合は、それを利用し治療を行われた患者にco-buy制度に基づく機材購入費の部分負担料金が発生する。カルテやレントゲン写真は基本的に患者のものであるため、新患受診の際に外来カルテを窓口で購入する必要がある。レントゲン写真も受診後に各自に持って帰ってもらうシステムとなっている。ホーチミンの訪問は1月25日までだが、ベトナムの最大の祭日の”テト“、いわば旧正月(1/26-31)の前で、大きな手術を見学できないことが一番の心残りであった。大変お世話になったProf. Tan(図6.)と再会の約束をし、ホーチミンをあとにした。

2月2日早朝、二つ目の訪問先のハノイ国立小児病院に到着(図7.)。この病院は2008年のAPOAでお世話になったProf. Hungと2008年のKPOS訪問の際に親交のあったDr. Houngの勤務先でもある。早速毎朝8時からの小児整形病棟のモーニングカンファーに参加した(図8.)。

カンファーはProf. Hung以下の医師、ナースの全員参加であり、当日の業務確認が主な内容であった。8時30分からは病院全体のモーニングカンファーに参加。院長をはじめ200名以上の医師全員出席、出欠もきちんと取られる。カンファーの内容は前日の当直時間帯における25個の診療科の急患受診状況、病棟の突発事故の報告であったが、それぞれの診療科の当直医が報告内容をスライドで作成し、英語で報告することが義務付けられる。最後に院長からの院内業務報告であった。毎日のカンファーを通して病院内の状況を全員に知らせる姿勢が印象的であった。カンファーのあと、リハビリテーション科のProf. Dongに脳性麻痺治療の現状を紹介して頂いた(図9.)。

ベトナムは今、言語治療に力を入れている。ベトナム語には同じ単語で六つのアクセントがあり(ちなみに中国語のアクセントは4つ)、アクセント違いで意味が全然変わるので、言語障害の患児にはそれを習得させるには簡単なことではないが、患児家族は積極的に言語訓練に参加しているのを感心した。

小児整形部門は医師4人で、一日40人の外来及び毎週40件の手術をこなしている。外来診察室が広々であり、患者診察の際にきちんと順番を守って、決して次の患者が出入りすることがなかった。残念ながら保険普及率はホーチミンと同様のため、受診や治療の遅れがしばしば見られる。

手術室は9個を有するが、年間手術件数が2000件をこえるため、搬入搬出には時間をかけることができない状態である。手術終了と同時に患者をストレッチャーに移し、次の患者搬入を準備する。多くの場合は前の患者が抜管しないまま、次の手術が開始してしまう。看護師や麻酔科医師の協力体制が実にすばらしい。また、ベトナムの病院におけるキャストマンの役割が重要であることを再度認識した。骨折患者のギプス固定はもちろん、外来患者の消毒や包交、仮性包茎の治療、胸腔ドレーンの介助も仕事のうちである。
看護師二人とキャストマン一人のキャストルームに一日お世話になったお陰で、多くの症例を経験した(図10.)。ベトナムのギプスは石膏ギプスであり、ギプスはずしに使われる特殊な鉗子を用いて、hip spica castなら1分以内で除去してしまう早業である。キャストマンは2年間の医療専門課程を修了し、さらに一年間のキャストの勉強を義務づけられる。ベトナム全土で約1500人のキャストマンの働きぶりに敬意を払う。

2週間のベトナム滞在に多くの医師や医療従事者と接することができた。経済状況の違いや文化の違いはあるが、医師としての自覚やプライドが高く、これからは彼らの活躍が楽しみである。最後に、このような機会を与えてくれた日本小児整形外科学会国際委員会の国分先生、亀ヶ谷先生、また、佐賀整肢学園こども発達医療センターの窪田院長に感謝の意を払い、この訪問報告を終わらせていただく。
最後にこのような機会を与えて下さいました国分正一理事長、亀ヶ谷真琴国際委員会委員長をはじめとする日本小児整形外科学会の会員、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

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