2004年度 Murakami-Sano asia visiting Fellowship ホーチミン訪問記

会津中央病院 整形外科
サッキャ・イソラマン

第1回目のMurakami-Sano fellowship に選出され、日本小児整形外科学会理事長の国分先生の推薦を得て2004年12月20日~30日までホーチミン市のHospital for Traumatology & Orthopedics を訪問してきました。まずは、このような機会を与えて下さった日本小児整形外科学会の理事の方々をはじめ、関係者の皆様に深く御礼を申し上げたいと思います。

ベトナム戦争が終わり今年で30年を迎え、ベトナムは今はすっかり平和な国であると思います。ホーチミン市 (旧サイゴン市) は人口が約600万人で、私が訪問した病院は整形外科専門病院としてはホーチミン市最大規模で、10部門(上肢、下肢、脊椎、顕微外科、小児外科、腫瘍、リウマチ、救急部、整形麻酔、スポーツ整形)に分かれていました。また、その病院はホーチミン大学の付属病院にもなっている為、若い研修医も数多くいて、整形外科医は全部で117名、ベッド数は450床 (常に満床状態でした) ありました。小児整形外科はベッド数が約40床あり、医局員は12~13名いました。小児整形外科医も各々得意専門分野を持っており、部長のDr. Phan Van Tiep は股関節外科が専門でした。

小児整形外科医の毎日のカリキュラムは、毎朝7時より約30分間医局でカンファレンスがあり、病棟看護師と若い医師より症例報告を行います。全ての報告は、ベトナム語でしたが私のそばには常に誰かがいて、通訳をしてくれていました。次に7時30分より約1時間大ホールで全整形外科医による合同ミーティングがあり、術前後の検討会や勉強会などを行っていました。会議が終わると約30分間の自由時間があり、その後9時より手術室へ直行し、手術のない先生方は病棟で仕事をしたり、外来で診療をしたりしていました。1つ驚いたことは、夕方になると医局に行っても先生方は誰もいなかったことでした。聞いてみると、先生方は夕方よりプライベートクリニックで働いている、とのことでした。病院の給料が安いため、こうするしかないと話していましたが、日本では考えられません。

ここの病院は交通外傷が圧倒的に多く、救急外来の処置室は常に、外傷の患者さんで溢れていたのが印象的でした。ホーチミン市では交通手段である自動二輪車が大多数 (数は世界一?) 行き交うなか、信号機が非常に少なく、道路の真ん中であっても平気でUターンをしたり、また、ヘルメットを被らずに自動二輪車を一家4人で乗ったりしているのを、よく見かけました。交通規則があまりにもルーズな事が、交通外傷の多さだと思います。

ある晩、救急外来の処置室を手伝いましたが、その晩の緊急手術は29件もありました。予定手術は土・日を除き毎日20件以上あり、手術部の12室 (救急部用4、一般用8) は常にフル回転でした。手術内容はここでは一般の大学病院で行うような手術は、殆ど全て行っていました。特に驚いたのは、上腕神経叢損傷の手術の多さでした。私の滞在期間中、上腕神経叢損傷の手術は3件もありました。医師はフランス植民地時代のフランス製の古い手術器具を未だに愛用しており、少ない手術器具を使っての手術は、見事に早いのが印象的でした。私も頼まれて、小児の幾つかの手・肘外傷の手術を手伝ってきました。ベトナムの医師免許証が無くても、ベトナム人の医師が助手についていればメスを持っても問題ない、と言われました。私は、ほとんど毎日手術室にいましたが、ある日小児整形外来の患者さんを診る機会をいただきました。外来診察は二診で行っていましたが、10畳程の診察室で特に仕切り板がなく、そこには診察待ちのこどもと付添人まで入ってきており、プライバシーはなく、落ち着いて診察ができるような環境ではありませんでした。私は、特に小児肘の術後合併症のある患者さんについて相談を受けていましたが、別な疾患で受診した2人の小児を診て心打たれました。1人は歩行障害にて病院へ連れて来られた幼児で、X線を見ると完全な先天性股関節脱臼がありました。

なぜ早期発見ができないのか? を聞いてみると、ベトナムでは日本のような新生児や3ヶ月検診のシステムがなく、困った症状がなければ受診に連れて来られる事はまず無いと言われました。次の患者さんは年長児で、重度の側弯症がありドクターから手術を勧められてましたが、医療費が高い為に手術を受けられないと親が訴えてました。ベトナムでは、医療保険制度がない為に医療費が高く、日本のように誰もが質のよい医療を受けられるとは限らない、のが現状の様です。

小児整形外科外来以外に総合リハビリ室を見せてもらいました。大規模な整形外科病院で手術件数があれほど多いにも関わらず、リハビリ室は小さく、患者さんも少なかったので驚きました。先生方はリハビリを勧めないのか、患者さんがそれを希望しないのかはわかりません。

丁度良いチャンスでしたので、ある日整形外科医師を対象にミニレクチャーを行いました。テーマは小児上腕骨顆上骨折で、その治療法と神経、血管損傷や内反肘変形の合併症について話をしました。先生方は熱心に聞いてくれて、沢山の質問がありました。

最後の日に小児整形外科部長から感謝状をいただきました。短期間でしたが、色々な面で意見交換ができ、Murakami-Sano fellowshipを有効に利用させていただきました。今回のベトナム訪問は、ネパール人でありながら日本の医療しか知らなかった私には、良い刺激になりました。有難うございました。

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