第7回前期 Murakami-Sano-Sakamaki Asia Visiting Fellowship

-タイ王国訪問-

 独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター
今嶋 由香理

 

この度,日本小児整形外科学会第7回前期Murakami-Sano-Sakamaki Asia Visiting Fellowshipで2012年2月25日から3月13日までタイ王国(タイ)を訪問させて頂いたので報告致します.

街の至る所でお祈りをする人々 タイは人口約6000万人,国土は日本の約1.4倍で年間平均気温28.6度,平均湿度72%の熱帯気候の国です.首都バンコクは高層ビルが建ち,若者が多く集まり大変活気のある街でした.昨年11月に発生した大洪水の影響は見られず,人々は通常の生活を取り戻していました.国民の多くは仏教を深く信仰し,いたる所で祈りを捧げる人々を目にしました(写真1).穏やかな国民性で親日家が多く,滞在中は何ひとつ不自由することはありませんでした.

 

 

カンファレンス風景 まず初めに,バンコクにあるPhramongkutklao Hospital(写真2)を訪問しました.ここは1946年創設の陸軍病院で1日の外来患者数は2000名,入院患者数は1200-1600名の大きな病院でした.小児整形外科はチーフのWarat Tassanawipas先生を筆頭に,Thammanoon Srisaarn先生,Panya Surijamorn先生の3名で治療を担当していました.いずれの先生も日本小児整形外科学会と関係があり,特にSrisaarn先生とSurijamorn先生は日本への留学経験もあり,その時のお礼とばかりに大変親切にして頂きました.

 

 

レジデント 毎朝7時に病棟回診が始まり,8時からはカンファレンスが開かれます.カンファレンスはレジデントとスタッフ医師の計50名ほどで行われ,前日に入った救急患者,術前・術後症例のプレゼンテーションを1,2年目のレジデントがスライドを使って説明していきます.これに対して,部屋の後方に陣取るスタッフが厳しい質問を投げかけ,答えられなければ3,4年目のレジデントがフォローするという形式でした.ほとんどのレジデントがiPadを持ち歩き,わからないことがあればすぐに電子書籍で調べる姿は,日本以上にIT化が進んでいるように思い驚きました(写真3).基本的にカンファレンスはタイ語で行われるため,私の隣にはいつもレジデントが座り英語に訳してくれました.どのレジデントも非常に勤勉で,熱心で,意識が高く見習わなければならない部分が多いと感じました.

 

多くの症例は日本と変わりませんが,blast injury(爆風損傷)は陸軍病院ならではの症例で滞在中に2例ほど見る機会がありました.タイ国内で戦争はありませんが,タイ南部のマレーシアとの国境辺りではテロ組織との攻防があるため,このような外傷が発生するということでした.

 外来(写真4)では前医で診断がつかず治療が遅れ骨頭変形を生じてしまったサルモネラによる化膿性股関節炎や治療法の選択に悩むペルテス病の症例などを一緒に診させてもらい,議論させて頂きました.他の国の先生方との意見交換は初めての経験で,自分の意見がきちんと伝わっているのか不安な部分もありましたが,「何とかなるものだな」という妙な自信をつけることができました.手術では手洗いさせて頂き,脳性麻痺患者の筋解離や外反扁平足に対する外側支柱延長術などを見学しました(写真5※施術画像).滞在中はこの病院を中心にRamathibodi Hospital,Lerdsin Hospital,Siriraj Hospital,Handicapped centerなどいくつかの病院を訪問させて頂きました.

Ramathibodi Hospitalにて Ramathibodi Hospitalでは,約15年前にタイにPonseti法を導入したAmnuay Jirasirikul先生の外来を見学させて頂くことができました(写真6).歩行開始後の再発症例に対するcastingを見ることができました.機能的で美しく素早いcastingに感動し,動画を撮影させて頂いたので今後の治療に活用していくつもりです(写真7※施術画像).タイでもPonseti法は先天性内反足に対する標準的治療ですが,気候が暑いため装具のコンプライアンスは悪く,再発症例が多いということでした.Jirasirikul先生は大変な親日家で日本語を話すことができ,日本がいかにすばらしい国であるかを力説されました.そして,「自分の国をもっと誇りに思いなさい」と言われました.この言葉は今でも印象に残っていて,思い出す度にとてもうれしくなります.本当に素敵な先生と出会うことができました.
Lerdsin Hospitalではタイ小児整形外科学会の会長であるPariyut Chiarapattanakom先生とそのレジデントにお世話になりました.レジデントのうち2人はブータン出身の先生でした.ブータンには医科大学はなく,国費で年間10人ほどを国外の大学へ留学させ医師を養成しているそうです.整形外科医は現在4人しかおらず,これは単純計算で人口175000人あたり1人しか整形外科医がいないことになります.今回出会った2人のレジデントは将来5番目,6番目の貴重な整形外科医ということで非常に多くの期待を背負っており,その状況を彼らもしっかりと理解しているため高い志を持って研修していました.タイに来てブータンの医療事情も偶然知ることができました.

チャオプラヤ川を渡り王宮へ 夕方からは彼らに案内されチャオプラヤ川を船で上り王宮へ観光に行きました.20年前に地理で習ったチャオプラヤ川を実際に渡っていることに感動し,王宮の美しさに息を呑み,さらに晩御飯で頂いた大好物のソムタム(青パパイヤのサラダ)に舌鼓を打ち,非常に充実した1日を過ごすことができました(写真8).




 Lerdsin Hospital どの病院でも丁寧に病棟を案内してもらい,症例についての意見交換をさせて頂きました.病院の多くが建物の外観は立派なのですが,一般病棟にエアコンはなく扇風機が数台あるのみの環境で,プライバシーもあまりない状態でした(写真9).入院しているこども達の中で携帯型ゲーム機を持つ子は一人もおらず,回診中は医師の話をわからないなりに聞いていて,日本のこども達よりも礼儀正しい印象を受けました.ただ肥満児の割合は日本よりも多いように思われ,Blount病の症例を診る機会が多かったこととも関係があるように感じました.実際,食生活の欧米化によるこどもの肥満は社会問題になっているということでした(写真10).

豊かなこどもがいる一方で,街中で物乞いをしながら生活するこどもも見受けられ複雑な気持ちになりました.まだまだ発展途上な部分が否めないタイですが,レジデントの勤勉さ,意識の高さ,こども達のまっすぐな眼差しを見ると医療面,社会面共に今後ますます勢いよく発展して行くのだろうと感じました.今回の経験を経て,私も彼らと切磋琢磨しながら成長していきたいと強く思いました.

最後に,このようなすばらしい機会を与えてくださった清水克時理事長,川端秀彦国際委員長,藤井敏男先生,日本小児整形外科学会の会員の先生方に心より感謝申し上げます.今後も本fellowshipが継続されていくよう,会員として微力ながら尽力して参りたいと思います.